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謎解き島田、眩暈 [島田荘司]

* はじめに

壮大な構想と迷路のような複雑な筋で読者を幻惑し、最後に感動の結末を与える島田荘司さんの「謎解き島田」を提供する。中身はいわゆるネタばれに溢れてる。本作品を未読の方にはすすめられない。

* 本文

*1 謎の文書

次のような内容であった。

** 1) 大字1

ぼくのまわりにはどくがいっぱいあって、きっとぼくはおとなになれないでしょう。

かおりおかあさんが、ぼくにすっぱいりんごというほんをかってくれました。

すっぱいのでだれもたべられないりんごが、からすのこどもたちがつっついて、なかのくろいたねが、じめんにおちました。やがて、なんねんかあとにりっぱなりんごのきになったというおはなしです。とてもおもしろかったてす。

かおりおかあさんは、さんじかんてれびをみせてくれます。そこではこまをつくっていました。かおりおかあさんがぼくのためにつくってくれました。ぼくは、はやくてがながくなってつくれるよになりたいです。

** 2) 中字1

ぼくはきょう10さいになりました。かおりお母さんがおしえてくれました。

ぼくは、ひらがなだけでなくかん字もだいぶおぼえました。かいたかん字をかおりお母さんにみせたらおどろいていました。ぼくはもっと本をよんでかん字をおぼえたいです。

きょうとてもこわいほんをよみました。

せんせいじゅつさつじんじけんです。それは六人の女のひとをころして、六分の一づつをくっつけてとってもきれいな女の人を一人つくるというおはなしです。むずかしいじゅんもんをとなえると生きかえるといいます。

お母さんにはなしたら、わたしがしんだらわたしの体をつかってせんせいじゅつさつじんじけんのような女の人をつくってねといいました。

ぼくはそのとおりやることをそうぞうして、ぞくぞくしました。

** 3) 中字2

ぼくはもう18歳になった。かおりお母さんがそう教えてくれた。

ぼくは、環境汚染、薬、ダイオキシン、農薬、農業の本を読でいる。日本の環境はひどく汚れている。

水道水の消毒のため塩素が使われる。これはやがてトリハロメタンに変化する。これがガンを引き起す。

だから水にとても興味がある。浴槽の栓を抜いたときにできる左巻きの渦をじっと眺めているのが好きだ。

** 4) 細字1

ぼくは鎌倉生まれ。旭屋架十郎という映画スターの一人息子で、21歳の今日まで父の加護のもとで何不自由なく育った。父は大スターである上に実業家である。ぼくは父が所有するこのマンションの4階、2LDKの一室に住んでいる。

父はめったに顔を見せないが、香織お母さんは毎日のように来てくれる。お母さんはとてもいい人だ。ぼくは両親に恵まれとても幸運だ。

国道をはさんで海に面したこのマンションからは江ノ島とその上の鉄塔が見える。マンションのどこからでも見える。4階の廊下の先の小窓からも見える。マンションの裏手には江の電が走っている。さらにその山手には、サーフボードショップ、ビーチという喫茶店、救急病院などが道沿にある。マンションの両隣には、焼肉レストランとシーフード・レストランがある。

ぼくは、父が与えてくれたこの環境をとても気に入っている。

** 5) 細字2

周囲のあらゆるものは毒で汚れている。食べ物には防腐剤、殺虫剤、合成着色料が施されている。

皮ごと食べてしまう猿に奇形の子供猿が増えているという日本のデータがある。かって、0.01%だった出現率が20%にも増加したという。

人間もこのようになってしまうのでないかと心配だ。香織さんに話をすると目を丸くするが、結局、平気でぱくぱく食べてしまう。

紅茶を飲むとき、レモンをスライスして茶碗に入れる。ぼくは嫌なので四つ折りスライス片の先っぽだけをつけようとする。うまくできないから香織さんがやってくれる。

香織さんは、そんな本ばかり読まないでもっと楽しい本を読みなさいという。そして、ここの海や空気は綺麗だという。そうでないといおうとしたが、やめた。みんなそんな大事なことを気にしないでいるから、空気や水がどうしようもないほど汚れてしまったのだ。

** 6) 細字3

ぼくの名前は三崎陶太。父は旭屋架十郎という有名な映画俳優である。正直いって、そのことが子供のころからとても苦痛だった。母は五つのとき死んだ。そうしたら父が身の回りの世話をする女の人をつけてくれた。

周りにはいつも綺麗な女性がいた。成長して下品な欲求にもめざめてきた。でも女の子にはあまり興味がない。珍しい話題を豊富にもっていたりすれば違っていたかもしれないが、鎌倉にはいない。むしろ男の子の方が好きだった。

香織さんは美人で性格のよい女性だ。そして楽天的だ。そんなところがとてもいい。ぼくが、1999年に世界が終わるって信じるか尋ねると、2000年も、2500年になっても、この世は存在していると答える。

一方、ぼくは固く信じている。たとえ存在していたとしても、その世界はずいぶん違っていると思う。人間は、何だか動物みたいになって、核で被爆して皮膚の色が黒く焦げただれている。太陽も雲のない日の真っ昼間でも輝かない。今みたいな春も薄ら寒い。薄気味悪い怪物が世界をうろついている。

そう信じているのに、そんな気分でずっといるのは寂しい。そばでそんなことはないと笑い飛ばしてくれる人がいると心が軽くなる。

** 7) 細字4

いつか香織さんが海は綺麗といったが、全然違う。

昭和40年代のなかば京浜・京葉工業地帯にはさまれた東京湾に水質汚濁事件が発生した。水銀を使う周辺工場の廃棄物不法投棄によるものである。川から流入する農薬の有機塩素系化学物質やPCBの汚染も広範囲に及んでいる。

海の汚染で引き起こされる現象は赤潮である。これは窒素やリンの栄養塩類が流入することで大量の植物プランクトンが発生し魚類が大量死するものである

空気の汚染も問題だ。昭和40年代後半、川崎市で公害病認定患者の自殺があい次いだ。昭和54年に埼玉医科大学の教授の研究発表、川崎市における犬肺の金属含有量と病理組織学的変化において、川崎市の家庭に住んで死んだ犬を解剖し肺の汚れを調べた結果をまとめたものである。調べた犬250匹のうち、9匹の肺から腫瘍が見つかり、4匹が肺ガンだったという。犬に責任はないのに可哀想なことだ。

** 8) 細字5

5月26日は大事件が発生した。地球が破滅に瀕した日だ。朝9時、いつもどおり香織さんが新聞をもってやって来た。北海道の父から電話があった。ロケは順調らしいが5月30日まで北海道は出られないという。

新聞で、梶原一騎が東京の愛宕署に傷害容疑で逮捕、国立予防衛生研究所技官が中央薬事審議会に提出された新薬承認申請の資料を他のライバル会社に横流しした容疑で逮捕されたことを知る。

*** 1) 赤鬼になった香織さん

ぼくは父主演のSF映画、「今日ですべてが終りだ」を知っているって香織さんに尋ねた。ここから異変が始まった。なんて子なのと叫んだら、香織さんは赤鬼になった。食卓の卵焼きをぼくの顔にぶつけ、床に倒れた。

そこに、男の人、秘書の加鳥さんがやってきた。陶太君、こんなところに押し込められてどうしたの、と尋いてきた。香織さんに気付いて近付くと、さわらないで、気持が悪い、といって、二人は掴み合いになった。

*** 2) 強盗の出現

そこに、口をマスクで隠し、顔全体はストッキングを被った強盗がやってきた。加鳥さんは香織さんから離れた。銃弾が発射された。香織さんは台所からもってきた包丁で切りつけた。加鳥さんは電話台で反撃し、強盗の覆面に手を伸ばした。香織さんが背後から刺した。銃弾が発射、ピーンという金属音が響いた。加鳥さんが包丁で香織さんを刺した。強盗はその背中を撃った。加鳥さんは絶命した。

強盗は催眠スプレーをぼくに吹き掛け、何も盗らず逃走した。あとには、加鳥さんの死体、瀕死の香織さん、ぐにゃりと曲った包丁が残った。

*** 3) 助けを求める

助けを呼ぶため、119に電話した。無意味な数字が読み上げられた。父の家、友人の家にもした。無駄だった。廊下に出た。小窓から江ノ島を見たが、鉄塔が消えていた。

1階のロビーでは半ズボンの上にまわしをつけた男が相撲をとっていた。まわりの男たちに助けを求めたが怪訝な顔と爆笑が返ってきた。

*** 4) 世界が壊れかかる

好天のなか太陽が輝いていたが、今日は何故か小さかった。

国道に向った。巨大なウサギがサンダルを履いていた。駐車場の車はすべて真っ黒だった。もう一度江ノ島を見た。鉄塔がやはり消えていた。背後のマンション全体が黒ずんで汚れていた。

江の電の線路に向った。途中の舗装が剥れ土がむき出しになっていた。商店街のサーフボードショップ、喫茶店、救急病院も消えていた。瓦礫の小山の間にバラックが並んでいた。戸口脇の板塀にトカゲの絵を描いた家があった。老人にすいません、ここにあった病院は知りませんか、と尋ねたがまったく反応がなかった。ぼくはこの世界では透明人間だ。

太陽がみるみる死んでゆく。風が冷える。世界は今日から氷河期に入るのだ。胸のポケットの懐中時計は11時5分前だった。林のほうに向かう。店の屋根の看板に、ヤマハ、その隣りに、サンヨーという文字が読める。林の奥に入った。恐竜が出現してぼくの左腕を食いちぎった。逃走した。

これまで見たこともないほど痩せた人間に出会った。ここで何があったのですかと尋ねた。突然無意味な数字が口から飛び出してきた。バラックから不思議な人影が出てきた。体は人間、頭は豚、狐、鰐、鼠、猫だった。

この世界は壊れかけている。中央分離帯もある広い道路には人も車も見えない。たまに走ってくる車はポンコツである。大きなビルディングも廃墟だ。

*** 5) 両性具有者の復活

ぼくはマンションに帰ることにした。石岡和己の占星術殺人事件の実験を行なう。

部屋のダイニングルームには二体の死体が横たわっていた。下駄箱からノコギリをもってきた。香織さんの下腹部に刺さった包丁を抜いた。二人の衣服を脱がせた。香織さんの胸は小さかった。

二人の死体を浴室に運んだ。ここで体を洗浄した。香織さんの死体を切断し、下半身、上半身を隣の脱衣場に運んだ。加鳥さんの切断に取り掛かったとき、臭気に耐えられなくなった。脱衣場にある換気扇のスイッチを押すため移動したが、疲れで足がもつれて、転倒、失神した。

** 9) 細字6

意識が戻ってやっと換気ができた。元気が回復したので加鳥さんの切断を完了した。そこで、ダイニングルームで休憩をとった。もう夜になっていた。

香織さんの上半身をソファベッドに載せた。続いて加鳥さんの下半身を運こび、二つを繋き合せて、ベッドの上に座らせた。両性具有の体が完成した。占星術殺人事件の教えるとおり、死者復活の儀式を行なった。呪文を何度も唱えた。

** 10) 細字7

ぼくは、ベッドの上で占星術殺人事件の本を発見した。昨日のことを回想して、なんてすごいことをしたんだろうと思った。

隣の加鳥さんがぴくりと動いた。ぼくはそれを見ることはできなかった。加鳥さんはぼくが頭から被っていた毛布をはがした。そして、ありがとうと、陶太君といって、左頬に接吻。部屋を出ていった。

* ふたたび警告

この後に、ネタばれの内容がつづく。本作品を未読の方に閲覧をすすめない。


眩暈 (講談社文庫)

眩暈 (講談社文庫)

  • 作者: 島田 荘司
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 1995/10/04
  • メディア: 文庫



* 2 事件の発端、1992年の春

馬車道の事務所に来訪した東大理学部化学科教授の古井の話を聞く。

御手洗と前置きのように化学分野研究動向を話あった後、面白さに惹かれて奇怪な内容の一文を印刷したとして御手洗に提示し、感想を尋ねる。

古井研究室に野辺修という才能はあるが問題の多い変わった学生がいた。突然失踪したので抽出を整理していたら発見したものが原典であるという。

古井は、この作を狂人の作として、その妥当性を主張し、御手洗は常人の作として、その妥当性を主張するというゲームをやろうという。合意が成立してゲームが始まる。

古井は、次の26点をあげて、非常識な点を指摘し、それらがもたらすイメージ、その心理分析を試みる。
1) 咀嚼によって栄養分を摂りたくないとの主張
2) 占星術殺人事件への偏愛
3) 20世紀終末説の信奉
4) 「今日ですべてが終わりだ」の映画の影響
5) 一種のエディプスコンプレックス、香織の豹変
6) ストッキングの下に白いマスクまでしていたという特異な変装の強盗
7) 加鳥が狙われたのに香織が死んだという不可解な殺人
8) 加鳥に銃を向け、筆記者には殺虫剤のスプレーを向けている。
9) 外的世界に出たとき通行人から弓で射たれている。
10) 電話から返ってきた数字の羅列
11) 江ノ島の鉄塔の消滅
12) 玄関ロビーでの相撲の出現
13) 外で出あう汚れたポロシャツを着た巨大なウサギ
14) ひび割れ雑草が生えた湘南の国道
15) マンション裏手の江の電の消滅
16) 裏手の商店街のまずしいバラックへの変貌
17) バラックの街路のゴーストタウン化
18) 二本足で歩く動物の横行
19) 救急病院のバラックへの変貌
20) 目前の陶太を認知し得ない老いた医師
21) 11時5分前なのに太陽が消滅、世界中が闇化
22) 恐竜の登場
23) 頭蓋骨の様子が判るほど痩せた男の登場
24) マンション自室における男女死体への蛮行
25) 呪文により蘇える上半身女、下半身男の死体

御手洗は、その妥当性を主張する根拠として次の15の点を示した。

1) 「すっぱいりんご」の暗喩。御手洗はこれは筆記者が古井を使って自分に挑戦してきたと考えてよいという。
2) 左巻きの渦を眺めているのが好きである。
3) 環境汚染などの技術的記述とこの分野の技術発展を照合するとき、矛盾のない的確さがあること、時期が推測できること。
4) レモンを絞ろとしたとき、主人公に代わてやるという香織の記述
5) 「今日で云々」を契機とした香織の豹変は真の姿を露呈したもの。
6) 香織お母さんの胸がずいぶん小さかったとの記述
7) 倒れた香織を助け起そうとした加鳥へ発せられた香織の言葉、「さわらないでよ!」
8) 車、マンション外壁、都市における黒ずみ
9) 数字の羅列という反応と街にあるヤマハ、サンヨーの文字という両者の記述にある矛盾する性格
10) 1983年5月26日の11時前後の太陽の消滅、劇画作家梶原一騎の傷害事件と国立予防衛生研究所技官による新薬ノウハウ漏洩事件の記述にある具体性
11) 21歳の青年が懐中時計を持っているとい不審さ
12) 怪獣に左手を食いちぎらて時計が壊れなかったという偶然
13) エレヴェーターの中のボタンに「閉」と書かれている事実
14) 妄想とは思えない死体切断の記述の詳細さ
15) 死体切断後に主人公が顔を洗う場面で渦が右巻きという記述

古井は、心理分析や脳科学の立場からの解釈を示す。御手洗は反論にたいし、すべて事実として説明しうると主張し、概ね次のごとく反論した。

1) 旭屋架十郎は愛人香織のため、秘書、加鳥の殺害を企図した。不在証明に肢体不自由の息子三崎陶太を利用することにした。
2) ところが、香織が陶太の発言、「今日ですべてが終わりだ」にたいし、架十郎の映画の題名とは知らず、陶太が計画を知っていて、皮肉を言ったと誤解し、極度の緊張のなか、狂気を発した。このため計画に数々の齟齬を来した。
3) 陶太はサリドマイドによる不幸な奇形児であり、義手を使っていた。
4) 不在証明は、5月26日北海道でロケに参加していたという事実である。

その他、今、具体的説明ができないものもおいおい調査の進展により明きらかとなるという。

甲論乙駁の後、御手洗は明後日、東大でさらに説明をしたいと申し入れ、了承を得て別れた。

御手洗は石岡に、旭屋架十郎、その息子、息子が住んでいたマンションを明日から現地を訪問し調査するよう求めた。

* 3 鎌倉、稲村が崎(1)

1989年、ハイム稲村が崎五階の502号室で松村賢策の通夜が營まれた。そこに不思議な青年が弔問に訪れた。

* 4 謎解き、ハイム稲村が崎へ

石岡が戸部署の丹下警部に旭屋架十郎、その家族、関係者について調査を依頼する。

石岡が江の電から稲村が崎駅に向う。それらしきマンションを発見し、記述の正確さを確認する。老管理人に三崎陶太の居住と、旭屋架十郎の所有を尋ねるが言下に否定される。

隣接のシーフード・レストランから丹下警部に連絡する。身元調査の結果を聞く。旭屋架十郎はまだ存命であるが、人前に顔を出すことはなくなっている。

御手洗の指示のとおり、なんとかマンションに潜入し、各階の居住者の名前を記録し、4階の住人を尋ね、1983年5月、6月の何か不審な出来事はなかったか確認した。

1) ハイム稲村が崎
2) エレベータのボタンは、8まで。
3) 4階に三崎の名前はない。
4) 住人の居住開始は、1984年以降である。
5) 屋内にエレベータの他に螺旋階段が8階から4階までと、3階から1階まで付設されているが、4階から3階には直結していない。屋外に付設されている階段を利用する構造となっている。
6) 1984年から85年にかけて改修工事が行なわれ、以前の住民は退去し、新住民が入居した。
7) 海側にベランダをもつ居室が並び、それを山側の廊下が繋ぐ
8) 幽霊マンションという噂がある。

*5 旭屋御殿へ

鎌倉、鎌倉山にある旭屋御殿に行く。門が開かれベンツが出る。女性の運転手に三崎陶太について尋くが拒否される。

そこで講談社雑誌記者藤谷に声を掛けられる。
女性は旭屋架十郎の内縁の妻、香織という。
案内により近くの建物の屋上から御殿を望む。

5枚の写真を貰う。そこには車椅子に乗った老人が写っていた。

*6 御手洗へ報告

帰宅後、横浜、馬車道で御手洗に報告する。

御手洗は、香織の生存情報にかかわらず、まだまだ多くの興味深い謎があるとへこたれない。

マンションについて次のとおり。

1) ハイム稲村が崎について、海に面して潮風がたっぷり吹くのに、各部屋には乾燥機が造りつけで置いてあること、
2) 同じく、ベランダには物干し用のビニール紐が渡せないような構造、
3) 同じく、階段の奇妙な構造、
4) 異常に張り切る老管理人、
5) 83年までの住民の証言、

旭屋御殿について次のとおり。

1) 姿の見えない加鳥の動向、
2) 両性具有者、
3) 異常に老けこんだ旭屋架十郎、
4) 隠遁生活の理由

*7 東大へ

石岡が東京文京区の東大解剖学教室で標本の陳列を見る。
気分が悪くなる。

*8 東大で、謎解き

倒れた石岡は、御手洗により発見され、管理人室のベッドに寝かされる。回復した石岡を伴ない、御手洗、古井、石岡は東大の学食で昼食を取る。

御手洗の提案で図書館に行く。そこで御手洗が謎解きを始める。

1) 旭屋架十郎は沢山のマンションを日本各地、インドネシアにもっていた。三崎陶太はハイム稲村が崎と構造がまったく同一のそのマンションにいて事件に遭遇した。そのため奇怪と見える事実が次々と発生したと説明する。

a) 渦が左巻きと、右巻きの記述が混在すること
b) 世界が闇に入ったこと。
c) 江ノ島から鉄塔が消滅したこと
d) 黒い男が道を歩いていたこと、
e) 湘南国道がひび割れたこと、
f) 商店街、救急病院が消滅したこと

2) 事件は、1983年6月11日、皆既日食があった日に発生した。

3) 5月26日は不在証明からの偽装である。梶原一騎の事件、国立予防衛生研究所技官の事件から5月26日が1983年と確定できるが、稲村が崎のその日の天候は曇天であり、上天気ではない。

大胆な結論についてゆけない石岡に御手洗が補足説明する。

古井は、事件がインドネシアとの主張にたいし反論する。

1) 稲村が崎のマンションで香織母さんと陶太は10歳以前から共に生活している。21歳の陶太は周囲の稲村が崎を散歩している。
2) どこにも、インドネシアに移送されたとの言及がない。これだけの出来事にまったく言及がないのは不合理である。

御手洗もこの点は認める。さらに、5月26日への偽装は十分に可能という。

1) 陶太の文章を根拠にした判断である。
2) 旭屋架十郎と香織の共謀があれば、3時間と視聴時間を制限されたテレビ、毎日屆けられる新聞への工作から偽装は十分に可能である。

御手洗は、83年6月11日まで、陶太は部屋を一歩も出られない状態であったと推断する。

通常の生活をする生身の人間を周囲から切り離して時間を1月も遅らせられるのか不審がる古井の発言に、一瞬沈黙した御手洗は突然天啓を得たように、インドネシアのマンションを訪問すると宣言する。

最後に何故、南半球のインドネシアに思いが及んだのかとの質問に文中の渦の向きに言及して、北半球の台風は左巻きだが、南半球のサイクロンは右巻きとの事実を付言した。

*9 さらにジャカルタへ

雑誌記者藤谷から、旭屋架十郎がジャカルタにマンションを持っていた。現在は現地の日本企業の所有となっているという。御手洗と石岡が現地に向った。

ジャカルタには日本車が溢れていた。その車の多くは薄汚れ、なかにはポンコツ寸前のものもあった。ヤマハ、サンヨー、トヨタなど日本企業の名前が至る所で見られた。黒く日に焼け痩せた男など、陶太の文章にあった記述がここにあることを次々に目撃できた。

マンションは、アンチョール公園のそばに所在していた。

1) ハイム稲村が崎と外観は全く同一である。
2) かなり汚れていて、タイルがあちこと剥がれ落ちていた。
3) 駐車場の車は全て日本車、真っ黒く汚れていた。
4) 道はひび割れ、商店街のかわりにこんもりした森があった。
5) 稲村が崎と同じく、前には海があり、沖に江ノ島に似た島があった。
7) 違うところもある。ベランダに洗濯物が翻っていた。
8) 部屋も文書の記述に照応するものだった。
8) ロビーでは、日本の土俵のようなものが作られ、そこで毎日、裸の男たちによる相撲が行なわれている。これは、インドネシアでの思わぬ相撲人気である。旭屋架十郎時代からの引き継ぎである。

インドネシアでは皆既日食の日に太陽を見てはならないとの政府からの告知があったという。そのためか人々はこの日にウサギ、ブタなどのマスクをしてお祭り騒ぎをしたそうである。

近くの商店街に出た。その一つの店の前に全盲で聴力も衰えた老人がいた。陶太が透明人間のように何の反応も示さなっかた老人だった。

アンチョール公園の中に芸術家が集まった村がある。そこに飼育されているコモドドラゴンを発見した。これは巨大なトカゲである。初めて目撃した陶太が恐竜と誤解したのも無理はない。

*10 鎌倉、稲村が崎(2)

1989年6月2日、ハイム稲村が崎、602号の住人、松村賢策は泥酔して深夜帰宅した。エレベータに乗って行き先のボタンを押すがうまくゆかない。あわてて押し直すがまた失敗する。散々押して、気が付いた。4のボタンがあった。このマンションはオーナーが嫌っているので4階という名称の階がない。従って、4のボタンもないはずである。

混乱した頭のまま、エレベーターが停止した。見ると向こうの壁に4Fという標示がある。思わずエレベーターを出ると、たびたび聞こえてくる音楽が響いている。歩くと綿埃が舞い上がる。異臭もする。後の音に振り向くとエレベーターの扉が閉まっていった。それを止めようとしたが無駄った。廊下側の扉はガラス製でっあた。箱側の扉が閉まり、ゆっくりと降下していった。そこに暗闇がのぞいた。

エレベーターを止めようとボタンを捜したがあるはずのものがない。階段を使おうと思った。小走りでその場所にいったがなかった。あらためて確かめたが、この階には他の階にある壁の小窓もなかった。エレベーターが上下する音がするときに叫んだが止まってくれなかった。

気が付くとエレベーターの前に奇怪な透明の筒のような物体があった。その台上に銀髪の小さな頭が載っていた。唐突に言葉を喋った。「18675」と聞こえた。

*11 旭屋架十郎の秘密

横浜、馬車道で、来訪した藤島から、御手洗、石岡が調査の結果を聞く。

1) 旭屋架十郎は、1983年4月から5月末日まで北海道に映画のロケに準主役として参加、人に知られず、現場を抜けることは不可能である。

2) 香織は、本名、河内香織。兵庫県の男鹿島出身、天涯孤独。旭屋演劇学校の80年度卒業生、一時、スターとして活躍したが、旭屋架十郎の内縁の妻となる。

3) 加鳥は、本名、加鳥猛。島根県美濃郡芋原村出身、天涯孤独の身。旭屋演劇学校の71年度卒業生、まったく売れず、旭屋架十郎の秘書となる。独身、鎌倉の極楽寺に豪邸を所有。83年以来行方不明。

4) 旭屋架十郎の事業の盛衰について、82年に演劇学校を閉鎖、84年に芸能プロダクション部門も閉鎖。旭屋個人と芸能界と殆ど関係のない不動産部門のみに縮小して現在に至る。

5) この縮小に際して、大量の人員を解雇。事業、不動産の整理により捻出した資金により退職金に充当する。この整理には香織が直接、芸能プロダクションに乗り込んで行なったという。

御手洗は、加鳥と旭屋架十郎はただならぬ関係にあった。その関係で加鳥は極楽寺の豪邸を手に入れた。香織はこれに強く反発して、結局、香織と旭屋架十郎が共謀し、加鳥の殺害を図ったとの説を再度述べた。

御手洗は、83年当時、旭屋架十郎は入院騒ぎを起していないかと尋ねた。ないとの藤谷の返答に、神奈川県下の看護師養成学校に次のようなアルバイト募集がなかったか調査を依頼した。

1) 身長...センチメートル、体重...キログラム程度
2) 運転免許を所持
3) 容姿端麗な女性
4) 仕事は、通ってきて読書をするだけの簡単なもの。
5) 6月12日から13日まで。
6) 高額をはずむ。

*12 鎌倉、稲村が崎(3)

1989年6月2日、松村は生首の載った奇怪な円筒を擦り抜け、手近なドアから室内に入った。暗い室内の隅に裸の人物が座っていた。骨と皮だけに痩せこけ、素っ裸、髪はリーゼント、胸にひからびた二つの乳房、下腹部には男性器がついていた。

かすれた声でつぶやいた。この家、私の姿、あなたは、見てはいけないものを見たという。松村は衝撃の余り恐怖に駆られて、悲鳴をあげ、ベランダの方に走った。

*13 旭屋御殿の詳細

横浜中華街で御手洗、石岡、藤谷が会食した。
藤谷の報告を聞く。

1) 旭屋御殿が27億円で売りに出されている。
2) ハイム稲村が崎の売却の情報はない。
3) 御手洗が示唆した募集広告は1983年5月に発送されていた。
4) これに鎌倉市雪の下の鎌倉看護学院の学生、野辺喬子が応募した。喬子は北海道天塩郡幌延町出身、昭和39年生れである。

さらに、たまたま、ハイム稲村が崎の住人の奇妙な自殺事件を聞き込んだという。彼は、1992年6月2日に屋上から飛び降りた。原因はノローゼらしいという。しかし、このマンション8階の住人がそのとき偶々屋上にゆこうとして、施錠されていたと言い出した。すると、屋上以外の階からとなるが、調査の結果、その可能性が極めて低いという。

御手洗は、これは自殺ではない。ハイム稲村が崎を実地検分する必要があるという。しかしその前にまず野辺喬子の出身地である北海道に飛ぶと宣言した。

*14 北海道へ

1992年4月、藤谷、石岡、御手洗が北海道へ向かう機内で会話する。

旭屋架十郎はエイズとの話がある。これに御手洗はまったく反応しなかった。

84年の入居者が、階数の標示について、当時は4階という呼び名がなかったが、89年6月2日から502号室を402号室と呼ぶように、実感に沿う方式に変更したという。これには御手洗はすぐ反応した。

旭川から鉄路で幌延に向った。人口2000人の町に一つしかないホテル、北斗荘に投宿した。

*15 北海道で調査

北海道、天塩郡、タクシーで出身高校の天塩高校に行き、担任から友人、船江美保のことを知る。野辺喬子の家を尋ねたが廃屋となっていた。

その後、結婚した美保の家を尋ねる。美容院と喫茶店を経営していた。御手洗が喬子は旭屋架十郎と結婚する話があると切り出し、美保の話を聞く。さらに、84年に父親を引き取るためこの地を再訪した筈と述べる。

美保は、その時、すっかり綺麗になった喬子に会ったという。喬子はレンタカーでやってきた。自宅を整理し父親を連れて行くという。そのとき、彼女から高価なレコード、ティカップ、服などをもらったという。その後は音信普通の状態という。

御手洗は、根気良く話を聞き出そうとした別れ際に、突然、喬子と二人で廃品を処分しようとしたときのことを思い出す。裏のドラム缶が山積しているところに登っていって思わず足を滑らした喬子は、頭を打って暫く失神したという。慌てて抱き起すと、喬子はなにか譫言で数字を繰替えしていた。

驚愕の出来事なので、その数字を喬子からもらったポーの作品、アッシャー家の崩壊の本にメモしたとして、御手洗に見せてくれた。それは、「187654」の数字だった。

*16 ハイム稲村が崎の部屋へ

92年5月1日午後、小雨、ハイム稲村が崎の裏にある喫茶、ビーチを御手洗、石岡、藤谷が訪れ、マスター金子から話を聞く。金子は8階の住人である。

金子に引越しの事情を尋ねているときに、藤谷に連絡が入った。香織が旭屋御殿から急に車で飛び出したため、衝突事故を起した。茅ヶ崎総合病院に搬送されたという。

三人はすぐ、ハイム稲村が崎に急行する。玄関で管理人に制止されたとき、御手洗はいう。野辺久蔵さん、事故を起して野辺喬子が茅ヶ崎総合病院に搬送された。すぐ病院に向うよう助言して、そのままエレベーターに向った。

御手洗はエレベーターのボタンを、1、8、7、6、5、4と押したが、目的の階に到着しなかった。呆然として、雷鳴が時々轟く屋外に佇み、暫く考えていた。御手洗は高笑の後、戻り、再度エレベーターのボタンを押す。1、7、6、5、4、8と。開いた扉の向うに4Fとの標示が見えた。

** 1) 異様な4階の状況

石岡は廊下に出て、他の階にはない異様さを感じた。それは、

1)異臭
まず奇妙な臭い、何の臭いだろうと不審さが募った。
2)闇
エレベーターの透明の扉から漏れる明りがなくなるとまったくの闇となる。
3)汚れ
しみだらけの壁、剥離した壁紙、一面綿埃の床、さらに木片、セメント破砕物の散乱

であった。

御手洗の指差す方向に糸のような光が漏れている。バータイプの扉をゆっくりと引き開ける。室内には照明が点灯されておらず外光のみであった。開放されたベランダ側から聞こえる雨音、雷鳴。幻想的な光景であった。

室内の右側壁にはマントルピース、大理石の飾り棚、その上の褐色のランプシェードをもつ大型電気スタンド、マントルピースの前にロココ調の家具。どれも汚れ、破れがみえて没落貴族の館のサロンの風情だった。

音楽が聞こえる方向、左側の部屋に入る。窓脇に古い米映画に出てくるようなジュークボックスがっあた。目が慣れて奇怪なものが見える。透明の筒の上に丸い台、その上に銀髪を振り乱した、しわの勝った老人の顔があった。しっかり閉じられた瞼、唇の端の白い泡、頸を支える左右のステー。透明な円筒の中には黒い着衣の老人の体、筒の真ん中の高さに小円形のスピーカー、円筒の裾には数本のアーム、キャスターが付設されていた。これで自由に移動できるようになっていた。ここはベッドルームだった。

石岡が小声で尋ねる。誰か。そこに男、野辺修が入ってきていう。彼はもう死んでいる。野辺修の傍らに車椅子の男がやってくる。藤谷たちが撮影した写真の旭屋架十郎であった。御手洗がいう。三崎陶太だ。円筒の男が旭屋架十郎であり、たった今、死んだという。

*17 犯人と対決、解決

最初の部屋に戻る。野辺が一人用椅子の腰掛け、その横に車椅子の陶太が控える。石岡と藤谷がマントルピースの前にある二人用ソファーに腰掛ける。御手洗が一人用椅子に腰掛け、小卓を挟んで野辺とう向き合う。

** 1) 事件の解説

御手洗が事件を語る。

1) 旭屋架十郎と加鳥はただならぬ関係にあった。度重なる脅迫についに、架十郎は香織と共謀した殺害を企図した。

** 2) 陶太の行動

1) サリドマイド児の陶太は、父と離れハイム稲村が崎の4階に事件が発生するまで住んでいた。香織が部屋に通ってきて身の回りの世話をしていた。その当時は4階が普通に存在していた。陶太は事故により一時的に昏睡状態に陥った。

2) 陶太はハイム稲村に戻った。架十郎は意識の戻ってないまま自家用ジェット機でジャカルタに所有するマンションにさらに搬送した。他方、陶太の搬送を隠蔽する偽装工作として、香織の代わりを見つけた。それは鎌倉看護学院の学生の野辺喬子であった。

3) 事件発生後、陶太は町を彷徨して、やがてマンションに戻り、加鳥と香織の体を切断した後、金銭、パスポート、自分が綴っていた日記を携行して帰国、ハイム稲村が崎に帰還した。そこで喬子と遭遇し、事情を聞き、事件の全容を理解する。この間に二人の親密な関係は進み、恋人同志となった。

4) 架十郎の当初の計画を述べる。架十郎は海外にもマンションを所有していたこと、ジェット機を所有し、パイロットの免許を所持していたこと、陶太の昏睡は一時的であり遠からず回復すると見込まれたことを踏まえ、今回の破天荒な計画となった。

** 3) 偽装工作

次の偽装工作が必要である。

1) ジャカルタのマンションを稲村が崎のものと偽装する。
2) 6月11日を、北海道ロケ中の5月26日と偽装する。
3) このため、ジャカルタのマンションで、TV番組を見せ、毎日、新聞を屆けさせることにより陶太にこのことを誤認させる。

計画の目的、加鳥の殺害と不在証明である。

1) 架十郎は強盗に扮し、インドネシアに呼び寄せた加鳥を殺害する。
2) それを目撃した陶太を、薬で一時的に昏睡状態に陥れ、死体の加鳥とともに帰国、ハイム稲村が崎に戻す。
3) 香織が警察に屆け出る。
4) 陶太から証言を得る。

** 4) 杜撰な計画

殺害が計画どおり成功したとして、もし警察がパスポートを調査すれば渡航記録から偽装が発覚する。あるいは、加鳥の死体から月日の偽装が発覚する。さらに、2週間も遅れて通報することを問題視されるなど、最終的な成功はおぼつかない杜撰な計画といわざるを得ない。

** 5) 架十郎の自殺未遂

計画に事故が発生、最愛の愛人、香織を失なった架十郎は、しばし茫然自失の後、マンションに戻り、混乱の極みにあった部屋を片付け、帰国し、ハイム稲村が崎に息子、陶太と、香織に似た喬子を発見した。安堵感、愛人を失なっという喪失感、破天荒な計画の失敗からくる昏迷から、架十郎はベランダから投身自殺を図った。

ところが、下には、香織使用のベンツが駐車していた。映画スターの自殺未遂がニュースにならなかった以上、このような偶然が生じたといわざる得ない。喬子は陶太とともにすぐ現場に駆け付け、部屋に搬送するとともに、医師の兄、野辺修を呼んだ。

病院に搬送しなかったのは、喬子が本能的にこの事件により自分と父親の運命を変えられる可能性を感じたからである。修は東大に通いながら治療に最大の努力を尽した。事故からくる傷害は重大であった。両腕の切断、背骨、骨盤の損傷、長い寝た切り生活からくる筋力の低下、頭部の姿勢維持の不可などである。

そのため修は歩行器兼コルセットという奇怪な透明円筒を架十郎のため作り上げた。

** 6) 計画の破綻と対応

架十郎と香織の計画の目的が失敗し、その後に続く架十郎の自殺未遂、それの事後処理が、それまで殆ど無関係であった三人の男女を一つに集めた。それぞれの必要から離れることのできない一つの運命共同体として機能することとなった。

ここでまず問題となったのは、架十郎をどうして世間から、あるいは旭屋芸能プロから隔離するかである。

1) 世間からの隔離

公表は、複数の愛人とのただれた痴情関係、両腕喪失の映画スター、サリドマイド児の息子など、世間の好奇の目を喜ばせ、三人に何の利益もない。秘密を厳守し、架十郎はハイム稲村が崎の4階に移し、旭屋御殿には、架十郎に扮した陶太が住むこととした。

2) 旭屋芸能プロからの隔離

この関係者から架十郎の醜聞が漏れる可能性が高い。芸能活動から完全に引退するほかないと考えた。このため、事業、不動産の整理を通じ退職金原資を捻出し、これにより一斉解雇を実現した。また、依然架十郎との個人的関係をもつ幹部たちには、エイズ発症と偽り、親しい接触を忌避させた。事業を縮小し不動産関連のみとした。

** 7) 架十郎の世界の構築

重篤な障害者となった架十郎のために快適に過ごせる世を界構築する必要がある。

** 8) 4階の隠蔽

1) 本来9階のマンションから4階の存在を消すため、造りつけの乾燥機を用意し、ベランダの乾し物を禁止した。山側の開口部を1階を除き消滅させた。

2) 4階につながる階段を無くし、外付けの階段を5階と3階の間に設けた。

3) エレベーターの押しボタンを4階を除く1階から9階、合計8個にした。エレベーターで実体としての4階にゆくためには、押しボタンによる暗証番号を設定し、これを可能とした。

4) この1984年の改修を、1989年に4階の押しボタンを復活し、1階から8階の押しボタンと修正した。これにともない実体としての4階に行くため、暗証番号を新たに設定した。

** 9) 部屋の改修

架十郎の趣味に合せて部屋の内装、飾り付けを大幅にかえた。肢体不自由者への配慮として、扉の敷居、床上のカーペットの撤去により全床段差を解消し、架十郎のために制作された歩行器の移動を円滑にした。扉のノブはバータイプとし、その位置も架十郎の顎の高さに合せた。スイッチは全て押しボタンとした。

** 10) 平穏な生活への復帰

元々破天荒な計画の目的が失敗に終わり、その事後処理も破天荒のものであった。よくその綻びを世間に知られることなくここまでもってきたと、御手洗は評価した。これには修の力が預かって大きかったという。

しかし、綻びは見え始じめている。幽霊マンションという噂が既に上っている。いつまでも8階マンションへの偽装、4階の存在を隠蔽できない。修による仙台での病院経営が失敗に終わり、旭屋御殿の売却も早晩実行される。架十郎の死を契機にこれまでの無理を解消する必要がある。

これまでの虚飾に満ちた生活から平穏な生活への回帰を勧奨する。

御手洗は偶々、古井猛彦教授がもってきた謎に惹かれてその真相に到達した。不幸な境遇にある人に救いの手を差し延べる用意があるが、警察沙汰にするつもりはない。そこで、あのノートの残りの提供を受けるという条件で引き下がるが、どうかと提案した。

しかし、その言葉を素直に信じてもらえなかった。

** 11) 修の反抗

修は御手洗の態度を訳知り顔の鼻持ちのならぬものと決め付け、大いに反発し、突然、狂乱し、拳銃で御手洗の殺害を図った。御手洗は電光石火の身のこなしで銃弾をかわし、陶太の車椅子を利用して、修をベランダから突き落した。修は下の駐車場の車上に落下し、からくも一命をとり止めた。

** 12) 陶太の逃走

陶太も御手洗の言葉を薄っぺらな同情と反発し、修が取り落した拳銃で御手洗を脅した。御手洗はすきをみて拳銃を蹴り落したので、ベッドルームと反対側にある部屋に逃走した。

その部屋は珍品のコレクションを陳列する部屋だった。上半身が女性、下半身が男性の奇妙なミイラが吊されていた。ほかにも赤、白、黄、紫の模様をもつ蛇の目傘、赤い衣装と黄色のストッキングのピエロの人形が陳列してあった。御手洗がミイラを調べているとき、ブンという音ともにミイラが爆発した。陶太が弓で射貫いた音だった。

御手洗は更に陶太を追って隣室に入ろうとしたが、扉は固く鎖されていた。ベランダ側から仕切りを蹴破り、ベランダと部屋を仕切っているガラス戸を破り、ようやくなかに入った。陶太はノートを焼却しようとしていた。それを取り上げ、踏み消している御手洗に、自分はどうすればよいのかと尋ねた。架十郎の遺産を相続すればよいと答えた。部屋を出る前に振り返り、ミイラ、クッション、象、額縁、ランプシェードを処分するよう言い置いて部屋を出た。

隣室を抜け、最初の部屋に入ってから、御手洗はランプシェードを指して、これは人間の皮からできていると指摘した。さらに旭屋が香織と加鳥の死体をもって帰り、ミイラにしたり、ランプシェードにしたり、額縁の中に飾ったのだろうといった。

** 13) 死体の秘密

馬車道の部屋で、御手洗が話す。あのミイラは背中から手を入れて腹話術の人形のように操作できる仕組みとなっていたという。喬子が架十郎を慰めるために作ったと推断した。

呆然とする石岡、藤谷を無視して御手洗は陶太から取り上げたノートと古井教授から複写したノートをばらばらにして、繋ぎ合わせる作業に専念していた。やがて、それを石岡のほうにほうってよこしていう。読んでみたまえといった。

*18 謎の文書の復元

** 1) 追加1

ぼくは、加鳥さんが好きだ。加鳥さんもぼくを大切に思ってくれる。

加鳥さんに抱きしめられたとき、少しも変に思わなかった。加鳥さんがぼくの中にいるとき、ぼくは女だったんだなと思った。

こんな関係が普通でないことは分かっている。加鳥さんとなにかをしたとき、翌朝までそのまま眠ってしまたような日、朝加鳥さん顔を見られなかった。

** 2) 細字7

ぼくは、ベッドの上で占星術殺人事件の本を発見した。昨日のことを回想して、なんてすごいことをしたんだろうと思った。

隣の加鳥さんがぴくりと動いた。ぼくはそれを見ることはできなかった。加鳥さんはぼくが頭から被っていた毛布をはがした。そして、ありがとうと、陶太君といって、左頬に接吻。部屋を出ていった。

** 3) 追加2

今ぼくは、気分が落ち込んでしまってたまらない。加鳥さんといつまでもこんなことをしていてはいけない。しかし、ぼくのような人間は、女の人と、世間の人のように結婚はできない。

すべてを忘れてしまいたい。もっと別の人間に生まれ変わりたい。本当にひどい気分なんだ。

** 4) 大字1

ぼくのまわりにはどくがいっぱいあって、きっとぼくはおとなになれないでしょう。

かおりおかあさんが、ぼくにすっぱいりんごというほんをかってくれました。

すっぱいのでだれもたべられないりんごが、からすのこどもたちがつっついて、なかのくろいたねが、じめんにおちました。やがて、なんねんかあとにりっぱなりんごのきになったというおはなしです。とてもおもしろかったてす。

かおりおかあさんは、さんじかんてれびをみせてくれます。そこではこまをつくっていました。かおりおかあさんがぼくのためにつくってくれました。ぼくは、はやくてがながくなってつくれるよになりたいです。

** 5) 中字1

ぼくはきょう10さいになりました。かおりお母さんがおしえてくれました。

ぼくは、ひらがなだけでなくかん字もだいぶおぼえました。かいたかん字をかおりお母さんにみせたらおどろいていました。ぼくはもっと本をよんでかん字をおぼえたいです。

きょうとてもこわいほんをよみました。

せんせいじゅつさつじんじけんです。それは六人の女のひとをころして、六分の一づつをくっつけてとってもきれいな女の人を一人つくるというおはなしです。むずかしいじゅんもんをとなえると生きかえるといいます。

お母さんにはなしたら、わたしがしんだらわたしの体をつかってせんせいじゅつさつじんじけんのような女の人をつくってねといいました。

ぼくはそのとおりやることをそうぞうして、ぞくぞくしました。

** 6) 中字2

ぼくはもう18歳になった。かおりお母さんがそう教えてくれた。

ぼくは、環境汚染、薬、ダイオキシン、農薬、農業の本を読でいる。日本の環境はひどく汚れている。

水道水の消毒のため塩素が使われる。これはやがてトリハロメタンに変化する。これがガンを引き起す。

だから水にとても興味がある。浴槽の栓を抜いたときにできる左巻きの渦をじっと眺めているのが好きだ。

** 7) 細字1

ぼくは鎌倉生まれ。旭屋架十郎という映画スターの一人息子で、21歳の今日まで父の加護のもとで何不自由なく育った。父は大スターである上に実業家である。ぼくは父が所有するこのマンションの4階、2LDKの一室に住んでいる。

父はめったに顔を見せないが、香織お母さんは毎日のように来てくれる。お母さんはとてもいい人だ。ぼくは両親に恵まれとても幸運だ。

国道をはさんで海に面したこのマンションからは江ノ島とその上の鉄塔が見える。マンションのどこからでも見える。4階の廊下の先の小窓からも見える。マンションの裏手には江の電が走っている。さらにその山手には、サーフボードショップ、ビーチという喫茶店、救急病院などが道沿にある。マンションの両隣には、焼肉レストランとシーフード・レストランがある。

ぼくは、父が与えてくれたこの環境をとても気に入っている。

** 8) 細字2

周囲のあらゆるものは毒で汚れている。食べ物には防腐剤、殺虫剤、合成着色料が施されている。

皮ごと食べてしまう猿に奇形の子供猿が増えているという日本のデータがある。かって、0.01%だった出現率が20%にも増加したという。

人間もこのようになってしまうのでないかと心配だ。香織さんに話をすると目を丸くするが、結局、平気でぱくぱく食べてしまう。

紅茶を飲むとき、レモンをスライスして茶碗に入れる。ぼくは嫌なので四つ折りスライス片の先っぽだけをつけようとする。うまくできないから香織さんがやってくれる。

香織さんは、そんな本ばかり読まないでもっと楽しい本を読みなさいという。そして、ここの海や空気は綺麗だという。そうでないといおうとしたが、やめた。みんなそんな大事なことを気にしないでいるから、空気や水がどうしようもないほど汚れてしまったのだ。

** 9) 追加3

ぼくは20日間、交通事故による昏睡状態であった。4月2日に江ノ島の鉄塔に登ろうと急に思い立って、自動車で向かった帰り、トラックに対面衝突して病院にかつぎこまれた。

自室に戻って4月23日に意識が戻った。それから5日間は、床ずれ、骨折からくるあらゆる痛みに泣きわめいた。5日めに香織さんがぼくがまったく記憶を無くしていることに気が付いた。

それからたくさんの本を読み、漢字を思い出し、文章を書いた。NHK教育テレビを毎日3時間ずつ視聴した。これが効を奏して、5月14日には殆どのことを思い出した。21歳の自分に戻れたのだ。

香織さんには看護婦の経験があるという。自室に戻った4月10日からずっと看病してくれた。ぼくは香織さんに頭があがらない。

** 10) 細字3

ぼくの名前は三崎陶太。父は旭屋架十郎という有名な映画俳優である。正直いって、そのことが子供のころからとても苦痛だった。母は五つのとき死んだ。そうしたら父が身の回りの世話をする女の人をつけてくれた。

周りにはいつも綺麗な女性がいた。成長して下品な欲求にもめざめてきた。でも女の子にはあまり興味がない。珍しい話題を豊富にもっていたりすれば違っていたかもしれないが、鎌倉にはいない。むしろ男の子の方が好きだった。

香織さんは美人で性格のよい女性だ。そして楽天的だ。そんなところがとてもいい。ぼくが、1999年に世界が終わるって信じるか尋ねると、2000年も、2500年になっても、この世は存在していると答える。

一方、ぼくは固く信じている。たとえ存在していたとしても、その世界はずいぶん違っていると思う。人間は、何だか動物みたいになって、核で被爆して皮膚の色が黒く焦げただれている。太陽も雲のない日の真っ昼間でも輝かない。今みたいな春も薄ら寒い。薄気味悪い怪物が世界をうろついている。

そう信じているのに、そんな気分でずっといるのは寂しい。そばでそんなことはないと笑い飛ばしてくれる人がいると心が軽くなる。

** 11) 細字4

いつか香織さんが海は綺麗といったが、全然違う。

昭和40年代のなかば京浜・京葉工業地帯にはさまれた東京湾に水質汚濁事件が発生した。水銀を使う周辺工場の廃棄物不法投棄によるものである。川から流入する農薬の有機塩素系化学物質やPCBの汚染も広範囲に及んでいる。

海の汚染で引き起こされる現象は赤潮である。これは窒素やリンの栄養塩類が流入することで大量の植物プランクトンが発生し魚類が大量死するものである

空気の汚染も問題だ。昭和40年代後半、川崎市で公害病認定患者の自殺があい次いだ。昭和54年に埼玉医科大学の教授の研究発表、川崎市における犬肺の金属含有量と病理組織学的変化において、川崎市の家庭に住んで死んだ犬を解剖し肺の汚れを調べた結果をまとめたものである。調べた犬250匹のうち、9匹の肺から腫瘍が見つかり、4匹が肺ガンだったという。犬に責任はないのに可哀想なことだ。

** 12) 細字5

5月26日は大事件が発生した。地球が破滅に瀕した日だ。朝9時、いつもどおり香織さんが新聞をもってやって来た。北海道の父から電話があった。ロケは順調らしいが5月30日まで北海道は出られないという。

新聞で、梶原一騎が東京の愛宕署に傷害容疑で逮捕、国立予防衛生研究所技官が中央薬事審議会に提出された新薬承認申請の資料を他のライバル会社に横流しした容疑で逮捕されたことを知る。

*** 1) 赤鬼になった香織さん

ぼくは父主演のSF映画、「今日ですべてが終りだ」を知ているって香織さんに尋ねた。ここから異変が始まった。なんて子なのと叫んだら、香織さんは赤鬼になった。食卓の卵焼きをぼくの顔にぶつけ、床に倒れた。

そこに、男の人、秘書の加鳥さんがやってきた。陶太君、こんなところに押し込められてどうしたの、と尋いてきた。香織さんに気付いて近付くと、さわらないで、気持が悪い、といって、二人は掴み合いになった。

*** 2) 強盗の出現

そこに、口をマスクで隠し、顔全体はストッキングを被った強盗がやってきた。加鳥さんは香織さんから離れた。銃弾が発射された。香織さんは台所からもってきた包丁で切りつけた。加鳥さんは電話台で反撃し、強盗の覆面に手を伸ばした。香織さんが背後から刺した。銃弾が発射、ピーンという金属音が響いた。加鳥さんが包丁で香織さんを刺した。強盗はその背中を撃った。加鳥さんは絶命した。

強盗は催眠スプレーをぼくに吹き掛け、何も盗らず逃走した。あとには、加鳥さんの死体、瀕死の香織さん、ぐにゃりと曲った包丁が残った。

*** 3) 助けを求める

助けを呼ぶため、119に電話した。無意味な数字が読み上げられた。父の家、友人の家にもした。無駄だった。廊下に出た。小窓から江ノ島を見たが、鉄塔が消えていた。

1階のロビーでは半ズボンの上にまわしをつけた男が相撲をとっていた。まわりの男たちに助けを求めたが怪訝な顔と爆笑が返ってきた。

*** 4) 世界が壊れかかる

好天のなか太陽が輝いていたが、今日は何故か小さかった。

国道に向った。巨大なウサギがサンダルを履いていた。駐車場の車はすべて真っ黒だった。もう一度江ノ島を見た。鉄塔がやはり消えていた。背後のマンション全体が黒ずんで汚れていた。

江の電の線路に向った。途中の舗装が剥れ土がむき出しになっていた。商店街のサーフボードショップ、喫茶店、救急病院も消えていた。瓦礫の小山の間にバラックが並んでいた。戸口脇の板塀にトカゲの絵を描いた家があった。老人にすいません、ここにあった病院は知りませんか、と尋ねたがまったく反応がなかった。ぼくはこの世界では透明人間だ。

太陽がみるみる死んでゆく。風が冷える。世界は今日から氷河期に入るのだ。胸のポケットの懐中時計は11時5分前だった。林のほうに向かう。店の屋根の看板に、ヤマハ、その隣りに、サンヨーという文字が読める。林の奥に入った。恐竜が出現してぼくの左腕を食いちぎった。逃走した。

これまで見たこともないほど痩せた人間に出会った。ここで何があったのですかと尋ねた。突然無意味な数字が口から飛び出してきた。バラックから不思議な人影が出てきた。体は人間、頭は豚、狐、鰐、鼠、猫だった。

この世界は壊れかけている。中央分離帯もある広い道路には人も車も見えない。たまに走ってくる車はポンコツである。大きなビルディングも廃墟だ。

*** 5) 両性具有者の復活

ぼくはマンションに帰ることにした。石岡和己の占星術殺人事件の実験を行なう。

部屋のダイニングルームには二体の死体が横たわっていた。下駄箱からノコギリをもってきた。香織さんの下腹部に刺さった包丁を抜いた。二人の衣服を脱がせた。香織さんの胸は小さかった。

二人の死体を浴室に運んだ。ここで体を洗浄した。香織さんの死体を切断し、下半身、上半身を隣の脱衣場に運んだ。加鳥さんの切断に取り掛かったとき、臭気に耐えられなくなった。脱衣場にある換気扇のスイッチを押すため移動したが、疲れで足がもつれて、転倒、失神した。

** 13) 細字6

意識が戻ってやっと換気ができた。元気が回復したので加鳥さんの切断を完了した。そこで、ダイニングルームで休憩をとった。もう夜になっていた。

香織さんの上半身をソファベッドに載せた。続いて加鳥さんの下半身を運こび、二つを繋き合せて、ベッドの上に座らせた。両性具有の体が完成した。占星術殺人事件の教えるとおり、死者復活の儀式を行なった。呪文を何度も唱えた。

何度も呪文を唱えているうちに意識が遠のいてきた。

** 14) 追加5

目が覚めると事態は何も変わっていなかった。部屋には異臭がたちこめ、横には切断された香織さんの上半身と、加鳥さんの下半身とが、冷たくなって載っているだけだった。

*エピローグ

喬子は自動車事故で子供の出来ない体となった。修は下半身不随となるという。陶太は喬子とともに生きていこうと決意していた。

(おわり)

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